幻の学校

 私は飲食人大学と言う小さな学校でパンつくりを学んだ。
飲食人大学自体はまだ健在で多くの受講生がお寿司などを学んでいます。

でも、私が学んだブーランジェ科(パン)はたった4ヶ月の存在でした。

パン職人になりたいと思った私は、学校を探していた。 以前あるテレビ番組でこの学校の名前だけは知っていた。

ネットで調べてみると、9月からブーランジェ科が新設されるとのこと。その時は 7月だったと思う。専門学校は皆4月入学である。

その時の私は、この学校で9月から4ヵ月学んでおいて、4月から大きな料理学校(辻調理師専門学校)に入ろうと考えた。


飲食人大学の体験レッスンの伺う

飲食人大学に 体験レッスンの予約をした。けれど、その学校の校舎?を見るなり、「この学校、辞ーめた!」と思いました。

学校だと言うのに コピー用紙に「飲食人大学」と書いて貼ってあるだけ。中に入ると いきなり倉庫のような感じ。

どこかの廃業した店の看板や備品が適当に置かれている。

 それでも、体験レッスンを予約してあるのだから、帰るわけのもいかない。体験レッスンだけは受けて帰ることにした。

その時はブーランジェ科はまだなかったので、製菓学科で体験レッスンを受けることになりました。

その体験レッスンが全くひどかった。大きな製菓学校だと、ケーキのクリームを塗るとか美味しいところだけさせてくれて、
体験レッスンの後は、先生方の作ってくれたケーキでおもてなししてくれたり至れり尽くせりなんです。


その体験レッスンと言えば、皿洗い、クッキーの袋詰めなどの雑用のみ。どこまで商売が下手なのだろうと思いました。



体験レッスンが終わると それから4カ月間お世話になり私にパンつくりの奥深さを教えてくださったS先生と初めてお会いしました。

この時も後で断るつもりで、S先生と色々お話ししておりました。その時の会話の中で S先生が 当時私が大好きだったパン屋さんのオーナーとお知り合いだと伺ったのです。

その時私の気持ちは少し傾きました。

飲食人大学に入学する。
 
ご縁があったのでしょう。「ここで、4ヵ月だけ勉強してみよう決心しました。

入学式も一応ありました。当日、私は入学式に出席しようか?欠席しようか迷っていました。

出席して良かった! 私一人でした。ちなみに新入生は3人でした。


授業が始まると 過酷なまでに厳しい 1時間1時間が否応なく成長する 環境でした。

この学校でS先生に学んだことで、私は成長できました。

おきなパン学校で学んでも 50人に1つミキサーやオーブンがあるだけと聞いております。
 
この学校では3人に1つ使うのですから、毎日自分でミキサー、オーブン、パイローラーと言った器具も毎日7時間くらい

マンツーマンで丁寧に教えてもらえました。又厨房での動き方、精神的な 理論的な事を4ヵ月で学びました。


パン(酵母)が相手だから気を抜くこともできない、過酷な修行でした。
  

ある時突然!

当時私は飲食人大学のHPをチェックしていた。
ある時と突然、HPからブーランジェ科がなくなっていた。

それまで、2期生がいつも募集されていた。それで、先生にHPがなくなったことを
伺うと「ブーランジェ科がなくなる」との事。
まさに寝耳に水だった。結局2期生が一人も来なかったのだろう。14時から21時までだったから、通いにくかったこともお災いしたと思う。

あれから何年かたっている。

でもあの学校があった建物の前を、もったいなくって通れない。

あの過酷な充実した日々をそのままにしておきたい。いつまでも。

ちなみに、私はこの学校を卒業したら「辻調理師専門学校」という りょうりがっこうにはいるつもり
でいたが、もうその必要はなかった。

  最後の日に撮った厨房の写真です。受講生3人とも無言で写真を撮った。
まだまだ学校が続くのなら、明るく学校を去っただろう。

けれど、このオーブンも作業台も何もかも、すぐ売りに出され この場所にな何もなくなる。
切ないという言葉が初めて分かった日でもあった。
     
 この作業台で、パンを成形を覚えた 何度も使った、オーブン、ホイロ(発酵器)  いつもタオルをオーブンの前にかけて帰った。

この写真を見て頂けるようにした途端、寂しさは消えた!(^^)!